NIHON KOGEIKAI

朱(しゅ)と胡粉(ごふん)

平成10年10月27日更新


第26回 日本伝統工芸近畿展図録より転載しました。

(平成 9年 5月 1日発行)


朱(しゅ)と胡粉(ごふん)

朱(しゅ)

 朱は赤色の顔料で、科学的には硫化水銀(水銀と硫黄の化合物)といい、銀朱とも呼ばれる。天然には辰砂(朱砂・丹砂・丹朱)という鉱物として産出する。我が国でも古代から産出しており、『続日本紀(しょくにほんぎ)』文徳天皇2年(698)では伊勢国から朱砂が献じられたことが記載され、高松塚古墳や法隆寺金堂(7世紀)の壁画に朱が用いられていた。原料となる水銀は室町時代までは有力な輸出産品であったが、枯渇し、江戸時代には輸入国に転じた。また、江戸時代には幕府の許可により大阪堺の朱座で独占生産していた。

 朱は、根来塗(ねごろぬり)の鮮やかな朱色に代表されるように、漆と密接不離の関係にあり、現在も主に漆器に用いられ、一部が高級絵具として使われている。  現在我が国で朱を生産している業者は、江戸時代に大阪に朱座があった関係からか、全て大阪府にある。日華化成(大阪市淀川区)、金華科学(大阪市阿倍野区)など4軒あるが、いずれも明治時代から大正時代の創業である。

 今回は金華科学工業所を取り上げさせてただいた。

 金華科学は、明治時代の京都の蒔絵師として著名な五代山本利兵衛の弟、山本吉兵衛が明治末期に京都から大阪に移り、独立して漆用の朱顔料製造販売に従事したことに始まる。 製造しているのは、赤味が強い方だから、本朱・赤口・淡口・黄口の4種類である。製造方法は創業以来ほとんど変わっていない。製法は、

 (1)反応漕(鉄の箱)に水銀と硫黄、苛性カリ又は苛性ソーダを加え。蓋をし、振蘯機(しんとうき)に入れ、半日ほど蒸気を加えて熱しながら振動を与え、化学反応を促進する。

 (2)出来た朱を壺に移し、水を換えて洗い、次に酸を加え桶に入れた小さい壺に移し、蒸気で熱し中和を促進する。

中和の促進

 (3)朱を数度石臼にかけ、粒子を揃え不純物を取り除く。

石臼にかける

 (4)朱を焙烙に移し、一昼夜程度、炉にかけて乾燥させる。これを篩にかけ、箱詰めする。製品の単位は半斤(300g)である。

炉にかけて乾燥

 朱の原料であるすいぎんは、メキシコやスペインなどから輸入しており、その入手に特に支障はない。しかし、代用の顔料の普及で戦前に比べ朱の需要は激減しているが、昨今、本物の朱が見直されてきており、後継者さえ育てば供給の見通しは明るい。  金華科学工業所をはじめ製造者の皆さんが、我が国の代名詞である漆器(JAPAN)に不可欠な顔料である朱を良質な形で供給し続けて下さることを念願するものである。

 (大阪府教育委員会文化財保護課 主査 森 成元)

胡粉(ごふん)

 日本の伝統的な赤を代表する顔料が朱ならば白は胡粉である。中国明時代の百科全書『天工開物(てんこうかいぶつ)』によれば、胡粉は鉛を酢と塩で酸化させて白い粉にした鉛あったことがわかる。日本でも奈良時代には胡粉といえば鉛白を指したが、日本は湿度が高いため鉛白では黒変し、鉛の使用により高価になることもあって後には貝殻を使った胡粉が作られるようになった。室町時代の障壁画に用いた胡粉は貝殻によるものだが、江戸時代には需要の増加に伴って貝殻の胡粉が盛んに製造された。

 胡粉は現在、身近にな雛人形の頭(面部)に使用されている。伝統工芸では人形製作に必要不可欠な材料であるが、胡粉の主な需要は人形人形とともに日本画が中心で、その他には食用として塩豆にも用いられている。

 胡粉の原料は、天然カキの一種でカキより一回り大きいイタボガキを用いる。イタボガキは石灰質部分が多く他の白い貝殻には見られない特質をそなえており上質の胡粉製造に適している。これは蓋と身の形状が異なる二枚貝だが、素材としては、蓋の方が肉が厚く石灰質部分が多いので上級な胡粉が出来る。入荷した貝殻は、そのままでは使用できないので、露天積みし10年以上風雨にさらして風化させる。これは貝殻の塩分を抜くことと風化させてもろくするためである。胡粉の製法としては、次の通りである。

イタボガキの選別

 (1)蓋と身の選別後、研磨機で表面のゴミを取り除き、ハンマーミルで粗砕し、さらにスタンプミルで細かく粉砕し篩にかける。

 (2)粉に水を加えてよく練り、石臼に入れてより細かくすりつぶす。臼で挽かれた胡粉は下の水槽に落ちるが、臼の横には錘(おもり)をぶらさげた攪拌機(かくはんき)がついており、臼の回転により水槽の胡粉の液を掻き混ぜる。

石臼にかける

 (3)攪拌された胡粉は粒の大きいものは沈殿し、うわずみの細かいものは次の槽に流れ込む。これをポンプですくいあげ機械でさらに精製し品質を高める。

 (4)泥状の胡粉を杉板の上に流して10日ほど天日乾燥させ、再度細かく粉砕し、箱詰めする。

杉板に流して乾燥

 胡粉は現在では京都府宇治市で製造されるだけになっている。宇治では江戸時代から作られているが、その理由として、

1)一大消費地であった京都に隣接すること、

2)原料である大量の貝殻を搬入する際に淀川、宇治川の水運が利用できること、

3)製造上何よりも大切な豊富な水に恵まれていること、などからであった。

今回お話を伺ったカナガワ胡粉絵具株式会社のある宇治市菟道(とどう )池山周辺の谷部はかつて水車谷と呼ばれ、精米、金粉、胡粉製造などに用いる大型水車が明治40年段階でも5基残っていた。今でも製造には大量の水を使用するが、胡粉は清浄な軟水が豊富にあって初めて製造できるものである。原料のイタボガキは20年ほど前から入手が絶えており良質の胡粉製造が危惧される状況にある。

 (京都府教育庁指導部文化財保護課 技師 原田三壽)


特別展示 伝統工芸を支える人々

 協力・資料提供   有限会社 金華科学工業所
           日華化成有限会社
           ナカガワ胡粉絵具株式会社

 写真        出水伯明氏

 協賛        松下電器産業株式会社



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製作著作
社団法人日本工芸会
2008