NIHON KOGEIKAI

研炭(とぎすみ)

平成10年10月27日更新


第27回 日本伝統工芸近畿展図録より転載しました。

(平成10年 5月 1日発行)


研炭(とぎすみ)

 炭は、ガスや電気製品が普及し、便利な生活が定着した現在では縁遠い物になってしまったが、かつては、 炊事や暖房のための生活必需品だった。またこうした燃料用以外にも、木炭の持つ研磨性により、雑炭と呼ばれる普通の炭を使って、鍋の焦げつきを取るなど広く利用されていた。燃料用としての炭は茶道や会席料理、屋外などでバーベキューのときに使用 する以外は現在ではほとんどみかけなくなってしまったが、炭の用途は広範で、刃物の鍛造とその研磨、火薬の製造など工業用にも必要不可欠である。例えば工芸関係に限っても、陶芸の釉薬、友禅の下描き、漆器や金工品の研磨など広範に用いられている。また、従来より土壌改良用、湿度の調節などに使用されていたが、近年では家庭用飲料水の水質浄化など健康用品としての需要も増加している。

 炭の使用には、燃料用と研磨用の2通りの方法があるが、今回は漆工、金工の製作で使用する研炭をとりあげたい。  研炭には、「駿河炭(するがずみ)」、「朴炭(ほおずみ)」、「呂色炭(ろいろずみ)」などがある。その生産地、製法、用途などについてまとめたのが下表である。用途は使用する人により工夫と好みがあり、多少の違いがある。

種類   樹種    生産地 用途
駿河炭日本油桐福井県漆器中研ぎ
呂色仕上げの研ぎ
研ぎ出し蒔絵
精密機械仕上げ
印刷用亜鉛版研磨等
朴炭東京都
埼玉県
石川県
福井県
漆器下研ぎ
中研ぎ
金属研磨
印刷用銅板、ネームプレート、七宝焼等の研磨
呂色炭チシャノキ
サルスベリ
馬酔木等
静岡県
福井県
その他
呂色仕上げの研ぎ
椿炭椿東京都
静岡県
その他
蒔絵の金粉研ぎ(近年椿炭はあまり使用されていない。)

駿河炭の素材であるアブラギリは、中国原産のトウダイグサ科の落葉高木で、種子から油を取るため戦前から戦中にかけて盛んに植林された。アブラギリから研炭を製造する技術は、駿河炭の名のとおり静岡県が発祥の地とされる。これは、明治10年頃、駿河漆器の業者がアブラギリが研炭として良好であることを発見し、改良を重ねた結果、広く使用されるようになり駿河炭と呼ばれたものらしい。静岡県の天城山方面にはかつてこの木が豊富にあり、大正時代までは盛んに生産されていたらしいが、アブラギリが減少したため静岡県での生産はすたれ、原木が豊富にある福井県や石川県で生産されるようになった。

駿河炭生産地福井県名田庄村

 現在、この研炭を継続的に製造しているのは福井県名田庄村在住の東浅太郎氏だけである。東氏は、昭和23年福井県遠敷郡上中町河内の松岡眞治氏に師事して研炭の製造を始めた。朴炭の製造を習得した後、駿河炭に着手し昭和30年に独立した。松岡氏が技術を学んだ人は静岡県で研炭製造を習得し、それから帰郷して研炭を作り始めたということなので、福井県でのアブラギリによる生産開始は大正年間からと思われる。

 福井県でのアブラギリの栽培面積は、昭和28年には1500町歩、桐油(とうゆ)生産量は300トンにものぼり、全国生産の6割をしめたという。その後エネルギー革命が進み、アブラギリから採取した桐油が振るわなくなると植林も塗絶えてしまった。現在では、かつて植樹した木を計画的に伐採しては炭を作っているが、原木は年々減少するため、東氏はアブラギリによる駿河炭は、1年のうち11月〜12月の2か月だけしか生産できず、10か月は他の炭を製造せざるを得ない状況である。

 漆工品は、完成までに何度も重ね塗りをする。塗っては乾燥させ塗りむらをなくし表面を平滑にするために研炭で磨く。金工でも表面を滑らかに整えるため使用する。このように、研炭は伝統工芸にはなくてはならないものであるが、こうした伝統工芸での用途以外にも、貨幣の原版や印刷機の銅版の研磨、カメラなどの高級レンズ、トランシットの文字盤やIC基盤の研磨など研炭は先端的な精密工業とも密接なつながりを持っている。研すみはあらゆる研磨に使用できるが、特にダイヤモンドや研石などでは難しい曲面の研磨に優れているという特長を備えている。  研炭は近年では東氏が唯一の生産者であったが、平成6年に後継者を得て、現在その養成を行っているところである。駿河炭、呂色炭を継続して製造する唯一の技術者である東氏は、伝統工芸のみならず日本の先端工業を支える存在としてたいへん重要である。

 最後に、研炭の製法をあげておく。

(1)材料の準備

原木の乾燥

 研炭の材料となるアブラギリは、樹齢30年ほどの木が最適である。直径16〜20B程度の木材を選び、伐採後、樹皮を剥ぐ。温度の低い土地に成育したものが年輪幅が狭くしまっており、年輪が均等のものが良好な炭となる。割れを防ぐために芯去り材がよく、末口径を12B以上とし、長さ40〜50Bと90〜100Bの2種類に小割りする木材が大きいと炭にした場合割れやすいし、あまり小さいと炭が小さくなって使いにくいという難点があるので収縮を考えて素材を選定する。  小割りにした原木は、樹脂分を取り除く必要があるので、2〜3年間井桁(いげた)積みにして自然乾燥させる。乾燥が不十分だと炭にしたときにスが入っていい製品ができないので、あせらず充分乾燥させる。

(2)窯入れ

 原木の窯入れは、その入れ方次第で、品質に影響するので重要である。炭化するときに、空気がむらなく行き渡るように8〜9本ずつ結束し、水槽に1〜2分つけてから窯詰めする。これは、窯の湿度を適度に保ち、炭の表面を美しくするためである。窯口付近に置いた木は燃えてしまうため雑木をつめ、窯口の閉鎖にはレンガと練り混ぜた土を用いる。

(3)点火

 窯の入口で約3時間口たきを行う。煙の色が白から青白に変化し、匂いも強くなった頃が口たき終了で、炭材の上端に点火したのを確認して窯口を閉じる。たき口の上下に火の回り具合を見る穴と空気を送る穴を設ける。窯の温度によってレンガを使って排煙口の幅を広げたり狭くしたりして空気量を調節する。

(4)炭化、精練

 常に煙の色と匂いに注意しながら仕事を進め、ほとんど煙がでなくなってから精練を始める。材料の温度を徐々にあげ炭を硬くする。空気量の調節など長年の経験が大切である。徐々に排煙口をあけ、次に窯口をあけ炭を取り出す。季節や木材の種類により調整は毎回異なる。

(5)窯出し

窯出し

 窯口の土を取り除き、中の状態を見ながら徐々に開けていく。まず窯口の炭から取り出し、白炭の特徴である窯外消火を行う。その後数回に分けて窯出しする。

(6)消火

 砂などの不純物が入らないようにサイロに入れて消火する。取り出しを早くすると炭が硬くならず、ひびが入るので注意する。季節により炭が硬くなる時間が違うので、窯出し時間を調節してから行う。

(7)選別・出荷

研炭

 炭の断面にひび、こぶ、節があるものは取り除き、品質により選別する。研炭は年輪が詰まった物が高級品で、こうしたものは漆工用に、年輪の間隔が比較的あいているものは金工用に回される。高級品ほど炭は軽い。長年の経験と研究に基づく素材の選定、温度管理、消火の仕方、厳格な選別を経て、研炭は普通の木炭の20〜30倍の価格となる。

東浅太郎氏

  (京都府教育庁指導部文化財保護課 技師 原田三壽)


特別展示 伝統工芸を支える人々

 協力・資料提供   名田庄村教育委員会
           東浅太郎氏(研炭)
           北村昭斎氏(漆工)
           植田参稔氏(金工)

 写真        出水伯明氏

 協賛        松下電器産業株式会社



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製作著作
社団法人日本工芸会
1998