NIHON KOGEIKAI

平成10年12月15日更新


第21回 日本伝統工芸近畿展図録より転載しました。

(平成 4年 5月 1日発行)


 伝統工芸は一つの総合芸術である。それはさまざまな技術の連鎖に支えられ、その頂点に花開くものである。その舞台裏の技術がいま急速に廃れており、伝統工芸の基盤に大きな亀裂が生じつつある。この特別展示は、そうした伝統工芸を陰で支えてくれる技術に注目し、その価値を認識して頂き、もってその保存継承に資することを願って開催するものである。

 今回は、その第一回として漆をとりあげ、丹波の漆掻き、漆漉し紙、漆刷毛、蒔絵筆を紹介する。ささやかな試みではあるが、この企画は今後も継続しさまざまな技術を顕彰していきたい。

掻く 丹波の漆掻き(伝存団体 丹波漆生産組合)

 漆掻きとは、漆の木に傷をつけそこから滲出する樹液を採取する仕事である。京都府天田郡夜久野町はこの漆掻きの本場で、かつては初夏から秋遅くまで五百人もの男がこの仕事に従事していた。

 漆掻きは、六月初旬の初鎌入れに始まるハツウルシ以下、最盛期のサカリウルシ(7月中旬〜9月上旬)を経て、トメウルシ(9月中旬〜10月下旬)、そして最後のセシメウルシ(11月上旬〜12月上旬)と続く。初鎌入れは、荒皮を剥ぎ、初めて刻み目を入れることを言う。これは樹液の分泌を習性づけるために行うもので、五日間隔で刻み目を入れ、その三回目から樹液の採取にかかる。初漆である。その後、刻み目の数と長さを増しながら秋まで採取し、最後は木を切り倒して水に漬けたり焚火で暖めたりして最後の一滴まで搾りとった。質的にはサカリウルシが最良であるが、セシメウルシは粘着力が一番強く京友禅の型紙を作るのに重用された。

 毎日連続して同じ木から採取すると樹勢が弱り、量も質も低下するため、一定の間隔をあけ木を休ませながら漆を掻くが(五日間隔が最良でそれを「五日へん」という)、それは質を保ちながら樹液を最大限に出させる採取法であり、丹波漆の、アシが軽い、ミが濃い、イロが良い、ニオイが良い、乾きが早いと言われる品質の高さはこの採取法によるところが大きい。

 京都の高度な漆工芸を支えたこの丹波漆も、需要の減退と安価な輸入漆の進出で衰退し、現在ではその技術のみがかろうじて伝えられるばかりとなっている。早急に保存継承の方策を講じなければならないが、そのためにはまず、一定量の安定した生産供給とそれを保証する需要の掘り起こしが重要である。作家への期待もその点で大きいのだが、高品質をうたわれた丹波漆もいまやほとんど幻の存在であり、使用する側でその品質・特性を知る者がいない。

 ここに合わせ展示する拭き漆の手板(工程見本)は、その丹波漆の特性を探り、丹波漆復興の一助ともなるよう願いをこめて作製したものである。ご協力頂いた村山明氏に御礼申し上げます。

  (京都府指定無形民俗文化財)

出品目録
 漆液採取の刻み目(掻き柄見本)   三点
 採取用具 カワムキ(荒皮を剥ぎ)  一点
      カンナ(刻み目を入れる) 一点
      ヘラ(漆液を掻きとる)  一点
      エグリ(太いカンナ)   一点
      竹筒           一点
      ツツベラ(鉄製)(木製)各一点
      セシメボウチョウ     一点
      セシメベラ        一点
   拭き漆の手板          七点

漉す 漆漉し紙(吉野紙)(保持者 昆布一夫)

 吉野紙はきわめて薄い楮紙でありながら、引っ張りに強く、ふっくらとした紙の地合いが濾過に適しているため、江戸時代より漆や油の塵を漉す紙として重用されてきた。また、白い紙色と柔軟な紙肌から吉野和良(よしのやわら)やヤワヤワとも呼ばれ、女性の懐中紙としても愛用された。

 製法は、手間をかけた純粋な繊維のみにてすき上げた濡れた紙を干し板に直接張って天日乾燥し、通常行う重力を加えて水分を圧搾する工程を行わないなど、特別に入念な作業を行うのが特色である。

  (国選定保存技術)

出品目録
 漆漉し紙   一式
 漆漉し台   一台

塗る 漆刷毛  (保持者 畑野 実)

   蒔絵筆  (保持者 村田九郎兵衛)

 漆刷毛は、漆器を塗る専用の刷毛で、関西刷毛、京刷毛とも呼ばれ、製造をいまも行っているのは大阪、東京に各二軒だけと言われる。畑野氏の伝える技術は、先祖が京都五條の今井庄兵衛から習い伝えたものといい、一子相伝で分業はしない。

 工程は、人毛を仕分け、煮沸・洗浄後毛揃えをし、灰もみで油分を抜く。その毛を束ね檜板に載せ、糊漆(漆と米糊を混ぜたもの)をつけて金櫛でで良く梳き、檜板で挟み、刷毛締めで固定し乾燥させる。

 刷毛は先から元まで通っているのが「本通し」、半分入っているのが「半通し」で、幅は一分から三寸位まで用途によって使い分けられる。また、馬毛を入れて腰を固くした「立入り刷毛」もある。

 刷毛を使う時は塗師が鉈で削って毛先を出し使用する。

  (大阪府伝統工芸品)

 蒔絵筆は、粘度の高い絵漆に適合した特殊な筆である。本来それは根朱筆(ねじふで)といって鼠の毛で作られた。腰が強く、漆の含みの良いのが特質であり、細描きには船鼠の毛が最良とされたが、鼠の毛は入手が至難で一部は猫の毛を代用している。

 工程は、毛の選別、脱脂、毛揃えなど十五ほどもある。何よりも「さき目」という毛の選別が至難であり、その習熟には長い年月を必要とする。

 「村九(むらく)」の筆でないとと、全国の蒔絵師が口にするが、原料高と製品安のアンバランスに加え、原料不足が日ごとに進み、その継承はますます困難になっている。とくに栗鼠の冬毛という条件をともなう鼠の毛は、生産者の高齢化により近時ついに入手の道が絶え、憂慮すべき事態に直面している。

  (国選定保存技術)

出品目録
漆刷毛 本通し  一分幅・三分幅・一寸幅・二寸三分、二寸五分
    半通し薄手  二寸三分
    摺込み刷毛  一寸八分

用具  挟み
    刷毛締め
    篦
    半製品(本通し二寸三分)

蒔絵筆 一式



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製作著作
社団法人日本工芸会
1998