NIHON KOGEIKAI

和木・唐木

平成13年 4月27日更新


第30回 日本伝統工芸近畿展図録より転載しました。

(平成13年 5月 1日発行)


和木・唐木


  野間の大欅

 伝統工芸は一つの総合芸術である。それはさまざまな技術の連鎖に支えられ、その頂点に花開くものである。すぐれて個性的な創作でも、原材料や用具なくしては存立しがたいのである。 その舞台裏の技術が今急速に廃れており、伝統工芸の基盤に大きな亀裂が生じつつある。この特別展示は、こうした現状を鑑み伝統工芸を陰で支えてくれる技術に注目したものである。本展を通じてその価値が再認識され、保存継承に役立てば幸いである。


大坂銘木市場での競りの光景

 我が国は温暖湿潤気候の好条件に恵まれ、南北に細長い列島という土地柄のため、世界でもまれにみる多種多様な樹木が生育している。四季の移り変わりにより、春材と秋材の別が生まれて明確な年輪となり、木の表面はさまざまな模様が現れる。この模様が木理(もくめ)や杢(もく)である。  木理には、まっすぐな木理(直通木理)、波打つ木理(波状木理)、また特別な奇形の木理(杢)がある。杢には、円形(玉杢)、円が大きな波の中でうねるようになったものもの(如麟杢)、笹の葉のように揺れたもの(笹杢)、鳥の羽の模様のようなもの(鶉杢)などさまざまな杢があり珍重される。

 こうした木理や杢が、日本の木材の大きな特色であると同時に、さまざまな木味を賞玩する日本人の木に対する独特の感性を育てた。また豊富な樹種は、多様な木の利用法を生み出した。


木を読む人

木の分類とその利用法

樹木は一般に針葉樹と広葉樹、また落葉樹と常緑樹に区分されるが、工芸的利用の観点からは、国内産の木である「和木」と東南アジア・インドなどの南方産の硬質な輸入材である「唐木」に分かれる。唐木はもと中国を経て渡来したのでこの名がある。樹種としては、紫檀・黒檀・鉄刀木(たがやさん)・花梨などがある。和木は、桑・欅・柿などの硬い硬木と、比較的軟らかい針葉樹の杉・檜、広葉樹の桐などの軟木がある。

 これらの素材を用いて、さまざまな加工が行われる。その技法としては、板材を組み合わせて調度類を作る指物(さしもの)、轆轤を用いて椀など円形のものを成形する挽物、厚板を丸鑿で荒く刳り、小鉋で削って盛器や盆を成形する刳物、檜や杉などの薄板を丸めて桜皮で綴じる曲物(まげもの)などがある。
 これら伝統技法を受け継ぎ、さらに独自の工夫を積み重ねながら、新しい表現をめざす木工作家は、素材である各種木材を以下のようにして調達している。


木を挽く人

唐木

 唐木は、輸入材のうちの銘木中の銘木である。硬質材であるので工作にも特殊な技術を要する。奈良時代に我が国に伝わり、調度品としてももっぱら貴族に愛好されていたが交易が中断した時期があった。
近世に南蛮貿易が始まり、輸入が再開されると、再び唐木細工が流行し、現在も大坂を中心に、座卓・棚物・衝立などの家具が製作されている。

大坂では、専門の輸入業者は日栄(大坂北堀江、代表栄野隆)のみである。昔は挽き材で製材所から目方で買っていたが、今は顧客に個別的に声が掛けられ、南港木場で原木を買う。紫檀なら紫檀の大小を混ぜて一組にしてあるものをまとめて購入する仕組みで、購入単位は少なくて3000斤、多くて1万斤である(1斤は600グラム)。唐木は製作する製品によって、大きく棚屋、机屋、平台屋に分かれる。唐木屋は、こうして購入した唐木を最低5年は倉庫で乾燥させる。


唐木各種(後列左より、花梨、紫檀、鉄刀木。前列、紅木紫檀、黒檀、白檀)

鳥飼銘木市場

 大阪府摂津市鳥飼には大坂銘木市場(昭和41年に東堀江区から現在地に移転)があり、淀川右岸の銘木団地には卸売問屋が80軒ほどが集まっている。広場には、松杉欅など堂々とした各種の原木が並べられ、原木の競りが行われる。参加できるのは契約した木材業者のみである。競りで落札されるのは殆どが建築材であるが、工芸作家は、原木の中から必要なものを、懇意の問屋と交渉して頒けてもらう。問屋を通して競り落としたりもする。このようなとき頼りになるのが、店の番頭さんなど木を知り抜いている人である。


和木各種(後列左より、黒柿、屋久杉、槐、桑。中列、神代朴、春日杉。前列、神代杉、桑、縞柿、紅梅)

木を読む人

 この目利きの一人に板谷市郎氏(昭和9年生)がいる。同氏は、北山の地域で林業経験を積んで、京都の材木商「川留銘木株式会社」に長年勤め、木材とその流通に精通している。
 同氏は一番怖いものは屋久杉、しかし、一番面白いのも屋久杉だという。「適材適所」の言葉通り、どんな木でもいい所はありその使い方で「銘木」になるという。こうした目利きによって木が買い付けられ、全国各地から木材が集積し、必要とする人と土地に流れていく。地方の山持ちの子弟は、京都の銘木屋で修行を積み、再び山へ帰って林業に取り組む。しかし、近年は売る方も買う方も木の知識は減る一方だという。

木に魅せられた人

 京都市南区吉祥院堤外にある「欅・樹輪舎」では、毎月第3土曜日に木工用材の競りが行われる。小さな材も売られ、初心者でも安価で良い材が入手できるよう配慮されている。主宰する威甲道氏(大正14年生)は、電機会社を営む傍ら、木の魅力にとりつかれ、自ら材木屋を始めた。普通の銘木屋はフリーでは買いに行っても相手にしてくれない。値段も高い。そこで木の文化の裾野を拡げるため、自ら産地に出かけて安く買い付け、できるだけ安く売ることにした。

木を挽く人

 銘木屋などの需要に応えて、原木の良さを最大限に引き出すように分割するのが木挽きの仕事である。木挽きはマエビキ(前挽き)という専用の大きなノコギリを使用する。
室町時代の中頃、中国からオガ(大鋸)という二人で挽くノコギリが入り、更に現在のマエビキ(前挽大鋸)が生まれて、柱も板も自由に製材できるようになり、我が国の木材利用に画期的な変革をもたらした。

 幅が広く鯨の頭のようなノコギリのついたマエビキは、重さは3,4キロもあり、柄が曲がって付いているため、上から押さえ込む力が加わり、一人でも大木が挽ける。
このマエビキでかつてはどんな原木も板に挽いていたが、製材機が開発されるようになって、木挽きの仕事はどんどんなくなっていった。いまでは大坂銘木市場を中心に活動する林忠雄氏(昭和9年生)と弟子二人となってしまった。林氏は「腕で挽くな、身体で挽け」、「乗り被さるように挽け」、「板を挽くより分を挽け」と言われてきたという。

貴重な銘木ほど手挽きでという要望がある。これを挽き道の広い機械で挽くと手挽きに較べて何倍ものオガクズが出る。伐った表面は毛羽立ち、摩擦熱で痛む。
 大径木の場合は一人では挽けず二人掛かりで挽く。これをツマビキ、アイバンという。箱ジャッキを用いて原木を動かし、ウマに歩み板を敷いて体勢を整え、慎重にハナイレ(端入れ)をして伐り出す。 大木の中から掻き出されるオガクズはまるで雪のように周囲に広がり落ちる。足場を安定させ、しっかり腰を入れ、相方との呼吸を合わせ、身体全体で木を挽く。

美しい杢を出すためには、どのように木割りするかが問題となる。この木割りによってどのような杢が出るかで、挽いた材の値が決まり、木挽きの技量も試される。木のソッポ(全体の姿)を見、木口を観察する。木の癖を見抜いて、節や虫穴を予想し、最もよい木割りの方法を考えて木挽きをする。木を最大限に生かすのが木挽きの役割である。

我が国において営々として蓄積されてきた、木を育て、木を読み、木の美しさを引き出す技量の総体の伝承によって、木工芸は支えられている。

(奈良県教育委員会文化財保存課専門技術員 鹿谷 勲)


協力・資料提供   大坂銘木協同組合
          川留銘木株式会社
          林 忠雄氏
          板谷市郎氏
          威 甲道氏
          村山 明氏
          新田紀雲氏
          中川清司氏
             

写真        出水伯明氏

協賛        松下電器産業株式会社



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製作著作
社団法人日本工芸会
2001